'50年代初頭、ドゥカティは独自の革新的なプロジェクトとして、年々重要になってきているスクーター市場に参入することに決めました。 その結果完成したのが '52年にミラノショーで発表された “ドゥカティ・クルーザー175” でした。 搭載するエンジンは、従来のイタリアンスクーターのベスパやランブレッタなどの2ストローク、マニュアルミッションに対して、4ストローク175ccでオートマチックトランスミッションを採用していました。当初12馬力を発揮しましたが、後にスクーターの最高速度を50km/hに制限する国の規制のために7.5馬力にデチューンされました。 エンジンの開発はジョヴァンニ・フィオリオ、ボディデザインは著名なカロッツェリアのギア社が担当しており、非常に秀逸なモデルでした。 このモデルは結局、'52年から'54年に生産されるにとどまり、以後ドゥカティによるスクーターが陽の目を見ることはありませんでした。